村田ピアノ教室のブログ ~北海道旭川市より~

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2018年 06月 23日

肩書きより中身を

子どもがコンクールを受けることについて。。。

コンクールに挑戦し続ければ上達していくとは限らない。
そういう人もいるけれど、そうじゃない人もたくさんいる。

ありがちなパターンをひとつ。

小さな子どもが受けられる部門の課題曲は易しく、地区予選あたりならノーミスでそこそこ上手に弾けば入賞できる可能性があるコンクール。
曲が易しいと、奏法が合理的でなくてもある程度弾けてしまう。
子どもだったらそれで入賞すると、将来もしかしたらピアニストになれるかも、と思い込んでしまうこともあるかもしれない。
ただしそのような奏法でピアノを続けていても、限界は早い段階でやってくる。
ブルグミュラーやギロックは弾けても、ショパンは弾けない、ということになり兼ねない。
それで弾けるようになるのは、手指の運動能力が元々優れている人だけ。
ピアノを早い段階でやめていく人の多くは、これ以上弾けないと限界を感じるからだろうが、それは奏法が原因であることがほとんどだと思う。
奏法改革すれば、限界を取っ払うことができるのだが、こればかりは良い奏法を教えられる指導者と出会えるかどうか、ということでしょう。

コンクール入賞歴があるとさぞかし凄そうに聞こえるが、コンクールもいろいろで、実際は微妙なところ。
それに、コンクールの実績がなくても素晴らしいピアノを弾く人を、私は何人も知っている。
ピアニストだって、コンクールとほぼ無縁の人も意外といるものだ。(キーシンとか)

子どもがコンクールを受け続けることは、取り組み方次第ではリスクと隣り合わせ。
コンクール中心で子供時代を送ったことを後悔している人もけっこういる。

いずれにしても、コンクールに夢中になることで、音楽の本来あるべき姿を忘れてしまう、なんてことが無いように。。。

そもそも音楽は、学歴やコンクール歴で判断できるものではない。
肩書きより、中身。
極端な話、ホロヴィッツもルービンシュタインも、ソコロフもキーシンもフジ子ヘミングも、学歴やコンクール歴で語られることはない。


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ホオジロ。
1週間くらい前に撮影。










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by asahimamegoo | 2018-06-23 18:44 | 指導法


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